「これで安心した中学生活が送れる!」
携帯を握りしめたまま、私は思わず本音がこぼれた。そして、ゆっくりと息を吐いた。
亜依との関係を邪魔するものが、これでなくなった。私は安心して亜依と一緒にいられる。
日曜日の午後、亜依からの電話を切ったあと、ずっと天井を見つめながら考えていた。
でも、美佳にフラれ電話越しから聞こえてくる亜依の声は、想像していたよりもずっと沈んでいたな……。
しかし……私の中には確かに、安堵の気持ちがあった。
だって、もし亜依の告白が成功していたら——亜依は美佳と付き合って、私の知らないところへ行ってしまっていたかもしれない。
それが完全になくなったんだ!
そして、きっと亜依の気持ちも一区切りつくはず。もちろん、すぐに立ち直るのは難しいかもしれないけど……。
私は、少しだけ心を落ち着かせるように深呼吸した。
——今日から私は不安を感じずに今までどおりでいられる。
「由佳ありがとう! いろいろと」
月曜日の朝、ひそかに由佳と話した。由佳の言うとおりにして、感謝しかなかった。
「美佳姉のことなら、別にいいのね」
相変わらずの反応で、逆に助かった。
「あれ? でも、なんにも言っていないのに、由佳も知っていたの?」
「だって、呼んでほしいと亜依からきたのね」
そうか……。由佳経由で美佳と話したのか。
「本当に由佳の言うとおりだったな」
「美佳姉も来年からあいじょに行くから、いろいろやりたいと思うのね」
ため息交じりに由佳が美佳のことを話した。そういえば、美佳があいじょに進学することは私も最近聞いた。
「やっぱり……亜依ちゃん、フラれて落ち込んでいた?」
「その時は一緒にいなかったから知らないのね。でも、そうじゃないの?」
由佳の言葉どおりに、亜依の表情は暗く、教室の自席で『話しかけないで』オーラが出ていた。
「亜依ちゃん……」
でも、これは私にとって最大のチャンス。美佳を失った亜依に寄り添えるのは、私しかいない。
亜依の空いた心の隙間を埋めて、美佳から亜依を取り返すのは今しかない!
意を決して闇のオーラをかき分けて声をかけると、やはり亜依は元気が無かった。
「おはよう、藍ちゃん」
「……げ、元気。ないね」
「そうだよ……うん……」
あまり喋ろうとしない亜依に、私はなんて言ってあげたらいいのか、言葉を詰まらせた。
亜依の心の隙間を埋めてあげたいけど、どうやって慰めればいいんだろうな。
『大丈夫だよ』って軽々しく言うのは違う気がするし、『時間が解決するよ』なんて言葉も、きっと今の亜依には届かないな。
昼休みになっても、亜依はぼんやりと窓の外を眺めていた。
ご飯を食べる手も遅く、いつものような食欲もなさそうだったな。
私は、再アタックすることを決めて亜依に声をかけた。
「ねえ、亜依ちゃん……。今はつらいかもしれないけど、私は亜依ちゃんには元気でほしいな」
すると、亜依はじっと私を見つめて、ゆっくりと胸の内を吐いた。
「……わたし。改めて、美佳先輩と同じ高校に行くよ」
「え……?」
予想外の言葉に、私は固まった。つまり、美佳を追いかけて亜依もあいじょに行くと。
「確かにフラれたけど、それでも好きな気持ちは消えない。だからこそ、美佳先輩と同じ高校に行って機会を伺うよ」
亜依はこのまま美佳への気持ちを整理して、前に進むものだと私も由佳もそう考えていた。
でも、実際の亜依は諦めるつもりなんて到底なかった。
「そ、そうなの……。私、亜依ちゃんのこと応援するね!」
「ありがとう、藍ちゃん!」
亜依の笑顔に釣られて、私は精一杯の笑顔を作った。
でも……私の心の中は、亜依に元気が出てきたことと、美佳に執着する亜依で、ぐちゃぐちゃだった。
数日後に三学期の修了式を迎えた。
それは、私たちの中学一年生を終えたことになる。
私が亜依から美佳のことを引き離すまでに使える時間は——。
「あと二年で、どうにかしなきゃ」
私たちの中学卒業式までに決着をつけなければならないと、春めいてきた風に当たりながら誓った。