「今日で、三年生は卒業か……」
朝の光がカーテンの隙間から差し込む。
まだ三月だけど、今朝の空気は少しだけ春の匂いがした。
ぼんやりとしたまま、私は制服のブラウスのボタンを留めた。
なんとも言えない気持ちが胸に広がっていた。
自分が卒業するわけではないのに、なぜか緊張する。
なぜなら、今日の卒業式には美佳がいる。
卒業式なんて自分にはまだ関係ないはずなのに、なぜか胸の奥がそわそわして落ち着かない。
きっと、亜依も同じ気持ちだろう。
……亜依は私より、もっと特別な思いで今日を迎えているのかな。
考えたくないのに、頭の中で美佳の姿がちらつく。
でも、私は——私の気持ちを大事にしよう。
そう決めて、家を出た。
学校の体育館に足を踏み入れると、すでに厳かな雰囲気が広がっていた。
前の方は一人も誰も来ていない卒業生の席が整然と並び、在校生の私たちは後ろの方で静かに座る。
隣に座る私の手をぎゅっと握りながら、亜依は神妙な顔をしている。
私は、小さく息を飲んだ。
——亜依は、何を考えているんだろう。
分かっているようで、分かっていない気がする。
「亜依ちゃん、緊張してるの?」
そっと囁くと、亜依は小さく頷いた。
「……美佳先輩が卒業しちゃうんだよ。もう、学校で会えなくなるかもしれない」
「そうだね……」
その言葉が胸に突き刺さる。
美佳が卒業することが寂しいのは、亜依も一緒。
でも——。
それ以上、私は何も言えなくなった。
美佳たち卒業生が入ってくると、卒業式は滞りなく刻々と進んだ。
そして、卒業生代表として、美佳が壇上に立ち答辞を述べた。
美佳の澄んだ声が体育館に響き渡った。
私は、無意識に息を止め、美佳の言葉に聞き入った。
「——わたしたちは、三年間という時間をこの学校で過ごしてきました。楽しいことも、苦しいことも、仲間と一緒に乗り越えてきた日々。振り返ると、すべてが宝物です」
静まり返る体育館。
美佳の声が、どこまでもまっすぐに届く。
「この三年間で、わたしたちは多くのことを学びました。勉強だけじゃなく、人との関わり方や、自分の弱さと向き合うことも。その中で支えてくれたのは、先生方や、後輩のみんな、そして大切な仲間たちでした」
言葉を一つ一つ噛みしめるように、美佳は続けた。
「卒業しても、私たちはここで過ごした時間を忘れません。そして、みなさんも、これからの時間を大切にしてください」
気がつくと、亜依がそっと涙を拭っていた。
「亜依……?」
「……ううん、大丈夫」
でも、その目には大粒の涙が浮かんでいた。
「わたし、美佳先輩のことが好きで良かった!」
そう呟くように言った亜依の言葉が、私の胸を強く締めつけた。
卒業式が終わり、在校生もゆっくりと体育館を出ていく。
私は亜依の背中を見つめながら、一歩遅れてついていった。
亜依の気持ちは、美佳に向かっている。
私はそれを見ているだけだった。