「たまには一緒に勉強しない?」
塾の終わり。由佳からそう誘われたのは、期末テストまであと一週間というタイミングだった。
「……え!」
「たまには、誰かと勉強するのもいいと思うのね」
「うん……。そうだね!」
少し迷ったけれど、私は頷いた。
「それなら、一緒に塾の自習室使おうね。ひとりより、効率も上がるかもね」
確かに、一人よりも由佳と一緒なら、勉強も少しは楽しくなるかもしれないな。
土曜日、午後。
塾の自習室は、他の生徒たちも黙々と勉強していて、適度な静けさがあった。由佳と並んで席に座り、私は数学の問題集を開いた。
「ちびあいちゃん、どこがわからない?」
「この二次方程式の応用問題……ちょっと難しいの」
「それはね、これをこう考えてるのね」
由佳は私のノートを覗き込みながら、ポイントをわかりやすく教えてくれる。その説明が的確で、私は何度も頷かされた。
由佳って、こういうところ本当にすごいな。勉強だけじゃなくて、私のペースにも合わせてくれる。
「でも、由佳が私に勉強を付き合ってくれるなんて、珍しいな……」
「人に教えた方が、自分の勉強になるから、その方が覚えられるのね」
完全に私を下に見ている……。でも、由佳って前回も学年一位だったからな。
「はい、これね」
しばらく勉強を続けていると、由佳がカバンから小さな包みを取り出して私に差し出した。
「……え?」
「チョコ。美佳姉からもらったのね」
「えっ! 美佳先輩の……?」
私は思わずチョコを見つめる。
「美佳姉がもらった、バレンタインチョコ」
「そ、そうなの……」
既製品だけど、小さくてかわいらしいチョコレート。その甘い香りが、なんだか心をざわつかせた。
「食べきれないから、もらったのね。ちびあいちゃんにも一箱あげるのね」
「あ、ありがとう……」
モテる子は、違うな……。そう思いながら一口食べた。
でも、これだけもらっているということは……。
——亜依は、美佳にチョコをあげたのかな。
私の中で、不安が胸の奥に広がる。
「ねえ、由佳。美佳先輩って、誰からもらっていたの?」
「……数が多すぎて、誰からもらったかまで覚えきれないって言ってたのね」
「そっか……」
少しホッとしたけど、それでも不安は消えなかった。結局、気になる。
「ご、50位……!」
一学期中間テストから40位も上げたことに、私は自分に驚いた。
亜依にテスト結果の話は、一学期期末テスト以降から極力しないようにしている。すごく、気にするみたいで話しづらかった。
結局、亜依が美佳にチョコをあげたかどうか、わからないまま。
美佳の話をするときの亜依の顔。
あの日のショッピングモールでの会話。
私は、どうしたって美佳にはなれないな。
でも妹の由佳には、いろいろ助けられた。
「由佳、いろいろありがとうね」
由佳が、不思議そうに私を見つめている。
「どうしたのね?」
「……ううん。なんでもないの」
私は苦笑して、由佳の顔を見た。
勉強を教えてくれて、気分を紛らわせてくれて、気づけば一緒にいる時間も増えていた。
「由佳のことも好きだよ」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「……由佳がいてくれてよかったなって」
「急にどうしたのね」
由佳は冷静な目で笑った。でも、どこか嬉しそうだった。
「でも、ありがとうなのね」
その言葉に、私の胸が少しだけ軽くなった気がした。