「亜依ちゃん、元気ないな……」
金曜日の放課後。いつものように亜依と一緒に帰ったが、なんだか様子がおかしい。
歩きながら、そっと横目で亜依を見る。
亜依は俯き気味で、まるで何かを考え込んでいるようだった。
その瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。
三年生の美佳の卒業式から、もう数日が経っている。
でも、亜依はまだ卒業式の日のことを引きずっているみたいだった。
「……ねえ、藍ちゃん」
不意に亜依が立ち止まり、私の方を向いた。
「美佳先輩。もう学校にいないんだよ……」
亜依の発したその声は、張りもなく、どこか寂しげな声だった。
それを聞いた私は、胸がきつく締めつけられるのを感じた。
「廊下を歩いていても、教室の前を通っても、もう美佳先輩の姿はないよ……。もう、会えないかもしれないって思うと……どうすればいいのかわからなくなるよ」
亜依の体が、かすかに震えたのを感じた。
「そんな簡単に、忘れられるわけないよね……」
亜依は、ゆっくりと頷いた。
どれほど亜依が美佳のことを想っていたのか、私は知っているの。
だからこそ、亜依のその寂しさが痛いほど伝わってくる。
「ねえ、藍ちゃん……。わたし、美佳先輩のこと、どうしたら忘れられるのかな?」
私は、それを聞いて亜依に思い切って話してみた。
「忘れる必要なんて、ないんじゃないの?」
「……え?」
驚いたように亜依が私を見る。
「忘れるんじゃなくて、ちゃんと気持ちを伝えたら? 今のままだと、ずっと苦しいままかな。美佳先輩に伝えないままだと、後悔するんじゃないの?」
亜依は目を丸くして、それから少し考え込むように視線を落とした。
「……でも。もう卒業しちゃったよ……」
「卒業したって、まだ会える。今なら、まだ遅くない!」
亜依は、しばらく黙っていた。
でも、やがてゆっくりと顔を上げ、決意したように小さく頷いた。
「……そうだね。ちゃんと、伝えなきゃいけないよ」
その目には、迷いが消えていった。
「土曜日。美佳先輩に会って、告白するよ!」
私の内心は、とても迷った。もし、告白がうまくいってしまったらどうしよう……。
でも、由佳があの時そう言ったのだから、きっと作戦通りに行く。そう信じた。
日曜日の昼。携帯を握りしめたまま、私は落ち着かない気持ちでベッドに寝転んでいた。
亜依からは、何の連絡もない。
昨日の土曜日、亜依は美佳に告白したはずなのに、その結果を私には何も言ってこなかった。
すると、亜依からメッセージが届いた。
『今、電話してもいい?』
私はすぐにOKの返事を返すと、亜依から電話がかかってきた。
「フラれた……」
亜依が最初に発した言葉は、元気もなく意気消沈していた。
「……み、美佳先輩に、『好きです』って伝えたら……。そ、……そしたら『今はやりたいことに専念したい』って……」
電話の亜依は、時々すするような音が聞こえて涙声に思えた。
由佳と美佳のラブレター処理をしながら話していたとおりだった。
『でも、美佳姉はやりたい事があるから高校卒業するまで恋愛しないみたいだけどね』って、由佳が確かに言っていた。
「……そうだったの」
それを聞いた私は、亜依に同調するように残念がった。
しかし、本心は悲しみの中に、喜びが入り交じっていた。