「亜依に喜んでもらえるかな……」
昨夜、亜依の嬉しそうな表情を思い浮かべながら、何度もラッピングをやり直して納得のいく形に整えた。
私は袋をそっと撫でて、ベッドに入り深呼吸する。
明日のバレンタインデーは、亜依になんて言って渡そうか……。チョコを渡すことよりも、そっちが一番重要。
不安と期待が入り交じりながら、寝落ちた。
目覚ましのベルが鳴るよりも早く、私は目を覚ました。
まだ静かな部屋で、私は布団の中からそっと手を伸ばし、枕元に置いておいた小さな紙袋を手に取った。
由佳の家で作ったチョコレート。
しっかり形を整えて、亜依が気に入りそうなリボンもかわいく結んだ。
亜依が喜んでくれることを確信するしかなかった。
登校中、私は小さな袋をぎゅっと握りしめた。
由佳の家で、美佳や千佳にも見守られながら作ったチョコレート。美佳がおいしいと言ってくれたから、味は絶対大丈夫。
何度も形を整えて、最後は亜依が好きそうなラッピングで包んだ。
なのに、渡す直前になって、どうしてこんなに緊張してしまうんだろう……。
学校へ向かう道は、どこか浮き足立った空気に包まれていた。
女子たちが紙袋を抱えて歩いていたり、友達同士で何かをコソコソ話していたり、明らかに普段とは違う雰囲気。
すれ違う子たちの会話が、今日は普段以上に気になってしまうな。
学校の玄関口で靴を履き替えながら、ふと顔を見上げると、教室に向かう亜依の姿があった。
特に、誰かを待っている様子でもないかな。
「……あ、亜依ちゃん。お、おはよう」
意を決して声をかける。心臓が高鳴るのが、自分でもわかるくらいだった。
「おはよう、藍ちゃん」
亜依はいつものように微笑んだ。その笑顔を見ると、私は少しだけ落ち着いた。けれども、同時に胸が締め付けられるような気持ちになった。
「えっと……。あ、あの……。こ……、これ……」
私は袋の中から、小さなチョコレートの包みを取り出した。手が震えないように、ぎゅっと力を込めた。
「こ、これ……作ったの。よ、良かったら、亜依ちゃんに食べてほしいの!」
そう言いながら、亜依の手にそっと袋を乗せた。亜依は一瞬きょとんとした顔をして、それから袋を見つめると笑顔になった。
「えっ、ほんと! 藍ちゃんが作ってくれたの?」
亜依の嬉しそうな声。私はうまく言葉が出ず頷いた。
「すごい! わたし、藍ちゃんの手作りとか初めてだよ! 嬉しい!」
そう言って、亜依は袋をぎゅっと抱きしめた。その仕草がかわいくて、思わず顔が熱くなる。
「ありがとう! 大切に食べるよ!」
「う、うん……。ありがとう」
私はぎこちなく笑った。本当は『亜依のことが大好き!』って伝えたかった。でも、そんな言葉は喉元で詰まり、なかなか声にならなかった。
「でも、バレンタインってすごいよ。友チョコが、こんなにもらえるんだよ!」
『……え?』
「いっぱい友チョコもらったよ! ほら!」
『と、友チョコ……?』
私は、その言葉に少しだけ胸が痛くなった。そうか……、亜依はこれを本命じゃなくて友チョコだと思ってるな。
「でも、藍ちゃんが作ってくれて嬉しいよ!」
亜依のその言葉に、ほんの少しだけ救われた気がした。本当に伝えたかったことは届かなかったかもしれない。でも、それでも。
「ねぇ、今度の休み、一緒にどっか行こうよ!」
「……え!」
「せっかくだから、お礼させて! どこがいいかな?」
突然の誘いに、私は驚いた。バレンタインのお礼……。
「うん、行きたい!」
私は、とびきりの笑顔で頷いた。
本命チョコだとは亜依に気づかれなかった。でも、一緒に過ごせる時間ができた。それだけでも、十分だった。