「それでも私は不安なの……」
机に向かってノートを開くけど、文字がまるで目に入ってこない。
あの時に由佳から聞いた言葉が、安心感と不安感を往復する。
由佳がそう言ったからといって、亜依の気持ちが変わるわけじゃない。
私にはまだ美佳と亜依の間にある特別な何かが、どうしようもなく大きく感じられる。
シャープペンを握り締めて書き出そうとするものの、手は止まったまま……。
亜依が美佳に夢中である限り、私はどうやっても『特別』にはなれないんじゃないかと、不安が胸を締め付ける。
「もし、亜依が美佳先輩のもとに行ってしまったら……」
そう考えるたび、胸がぎゅっと締め付けられるようだったな。
塾でも、その気持ちは消えなかったな。
隣に座る由佳に声をかける。
「由佳……。美佳先輩のことなんだけど……」
由佳は手を止めて、少しだけ眉をひそめた。
「だから言ったのね、大丈夫だって」
「そう……だよね」
俯きながら答えたけど、心の中ではまだモヤモヤが晴れない。
「ちびあいちゃん、あんまり考えすぎると疲れるよ」
由佳の冷静な声に、私は小さく頷いた。
だけど、考えずにはいられない。どうしても、自分には届かない場所にいる美佳のことが頭から離れなかった。
塾が終わると、由佳が私に小さな紙袋を差し出してきた。
「これ、試作なんだけどね。もしよかったら食べてみる?」
その言葉に驚いて袋を受け取ると、中にはいくつかの手作りのチョコレートが入っていた。
「由佳が作ったの?」
私は一粒手に取り、少し躊躇しながらも口に運んだ。
口の中に広がるのは、滑らかな甘さとほんのりとしたビターさ。
砂糖の甘さだけじゃない、チョコレートそのものの味がしっかりと感じられる。
「これ……すごくおいしい!」
思わず声が出た。由佳は、照れ隠しなのか肩をすくめて笑った。
「まあ……簡単なのね」
「これ、どうやって作ったの?」
「実のところ、そこまで難しくないのね」
「そんな簡単に作れるの……。でも、この甘さのバランスとか、絶対に普通じゃないよ!」
由佳は、言葉にはしなかったが微笑んだ。
「これ、亜依ちゃんにも食べさせたいな……」
私が何気なく呟くと、由佳は意外にも反応した。
「じゃあ、作り方を教えてあげるのね。意外と簡単だから」
「本当? 作ってみたいな……」
「だったら、家に来る? ちゃんと教えてあげるのね」
私は戸惑った。『由佳の家に来てもいい』って、それって……。
「えっ……。えっ……? い、いいの……?」
「土日だったら、いつでも良いのね。考えておくから」
「う、うん……。あ、ありがとう……」
由佳は柔やかに言うが、私の中では歓喜と緊張が入り交じっていた。
家に向かう帰り道、由佳の言葉が頭の中で何度も反芻されていた。
由佳の家に行く。つまり姉妹である美佳の家に行くことにもなる。そこに行くなんて、自分にはまだ早いような気がしてならない。
でも、亜依に手作りのチョコレートを渡せたら、少しは自分に自信が持てるかもしれない。
私は小さく息を吸い、夜空を見上げた。