「亜依が美佳先輩を奪っていったらどうしよう……」
私は自室の机に向かいながら、ノートを開いていた。
でも、文字を見ているだけで頭に入らない。
シャーペンを握ったまま、亜依のあの言葉が頭をよぎる。
『わたしが二十歳になったら——』あの時の亜依の目は、本当に輝いていた。
亜依を見ていると、美佳がどれだけ特別な存在なのかが痛いほど伝わってくる。
本当に亜依が美佳に振り向いてほしいと思っているのなら、私には何もできないの。
その考えが頭を支配し、机に突っ伏した。
「もし、亜依が美佳先輩のもとに行ってしまったら……」
心の中で呟くと、胸が締め付けられるようだった。
翌日の朝。教室に着くと、由佳が紙袋を抱えて席に座っていた。
「由佳、おはよう」
いつものように声をかけると、由佳は少しだけ疲れた表情で返してきた。
「それ……? 何が入ってるの?」
私は、その紙袋が気になって聞いた。
由佳は曖昧に笑いながら、紙袋をロッカーに押し込んだ。
「秘密なのね」
その一言で会話が終わってしまい、少しだけモヤモヤしながら席に着いた。
ホームルームも終わった放課後。クラスメイトもいなくなり、徐々に静かになっていった。
職員室に行っている亜依を待つために、私は教室で待っていることにした。
すると、由佳は紙袋を机に出し、中身を整理し始めた。
私は気になって席を立ち、由佳のもとへ向かった。
ちらりと覗くと、それは何通もの手紙だった。
「それ、全部手紙?」
由佳は少し驚いたように私を見た後、小さく笑った。
「美佳姉に送られたラブレター」
「えっ……。み、美佳先輩の?」
あまりの意外さに驚きの声を上げてしまう。
「美佳姉って、モテるのね。今は、受験で忙しいから、代わりに整理してるのね」
由佳は、手紙を一通ずつ開けては中身を確認していく。
「すごい量だね……。でも、勝手に見ていいの?」
「ほとんど捨てるからいいのね。だって、これとか見て」
由佳は封を開けた一通の手紙を見せてくれた。そこには、大げさな愛の言葉がびっしりと書かれていた。
「……『君のためなら空も飛べる』って……。む、無理かな……?」
「一か八かとはいえ、随分と思い切っているのね」
この人は、京都のお寺から飛ぶのかな……。あっ、あれは飛んでなかった。
「これなんて、『君を想うだけで一日が輝く』なのね」
「……『一日が輝く』って、な、……なん、……なんか、す、すごい」
「ち、ちびあいちゃん……。わ、笑ったら……、か、……かわいそうなのね!」
「ゆ……、由佳だって……!」
私たちは思わず吹き出しそうになり、必死で口元を押さえた。
一呼吸置いた由佳は、私たちにとって危険な爆発物を破棄する袋の方に入れた。
「……こういうのが多いんだよね。本当に笑っちゃうのね」
由佳も苦笑いしながら、手紙を次々と仕分けしていく。
その作業を見ていると、ふと疑問が湧いた。
「お断りの返事はしないの?」
「最初の頃はしていたみたいだけどね……。みんな諦めきれずに何度も来るから、最近は無視しているみたいね」
「美佳先輩は、お手紙見なくていいの? も、もしかしたら、かっこいい男子からあるかもしれないのに?」
由佳は手を止め、私の顔を真剣に見つめた。
「でも、美佳姉は——」
由佳から思いがけない言葉を聞いて、時間が流れるのが遅くなったように感じた。
「そっ……そうなんだ!」
由佳の話を聞いて、私は胸の奥が少し軽くなった気がした。
放課後の教室で、私は小さな安心感を胸に抱いた。
でも同時に、亜依にとってもっと特別な存在になれるように頑張ろうと思った。
職員室から戻ってきた亜依に身を寄せて、帰路についた。