「中間テスト、自信ない。どうしよう……」
もうすぐ中間テスト。小学校にはなかっただけに、どうすればいいのかな。
亜依たちも含めてクラスみんなが勉強モードになってきて、私は不安になっていた。
「定期テストって、高校進学に影響するの」
クラスメイトとは対照的に、休み時間中いつものように携帯を弄っている由佳に聞いてみた。しかし、返ってきたのは耳も心にも痛すぎる厳しい言葉。
勉強もそれほど得意ではなく、高校進学は当然考えているが、それすら漠然としていた。
そんな中、由佳の言葉に余計自信が持てなくなっていた。
「そ、そうなの……、定期テストって……」
「内申書に影響するからね」
由佳の言葉についていけなかった。『ナイシンショ?』それすら、私は理解していなかった。
「そ、そうだよね。それって大事だよね!」
私は、ただ由佳に合わせるしかなかった。
しかし、由佳は厳しいことを言う割には、教科書そっちのけで携帯に釘付けになっていた。最近、由佳が携帯を見る機会が増えたように感じる。そんなに面白いニュースでもあるのかな。
休み時間が終わっても不安でしかなかった。どう勉強して、テストに挑めば良いのかな。授業中そんなことばかりを考えるが、いい対策が思いつかなかった。
放課後、いつも通りに亜依と一緒に帰った。その途中、亜依に心境を打ち明けた。
「中間テストが不安で……」
すると、亜依は優しく微笑んだ。
「じゃあ、勉強を一緒にしようよ」
「え! いいの?」
その言葉にとても嬉しかったが、すぐに戸惑った。門限が厳しい亜依を外に連れ出すには時間が限られている。門限を気にしないでいられる亜依の家という手もあるが、私が気を遣いそう……。
外では関わりたくない子がいると翔子が言っていたが、その意味を少し理解できそう。
「休日の図書館だったら、わたしはいいよ」
図書館だったら、そこまで遠くないから大丈夫そうかな。私は亜依の提案を受け入れた。
「じゃあ、詳しいことはメールするよ」
分かれ道で、にこやかな亜依と別れた。亜依と話して少し気が楽になった。
土曜日、コンビニに寄ってからメールで約束した十三時くらいに図書館で待ち合わせた。
五月の中旬となると日中はちょっと暑いくらいになってきて、昼間だけ外にいるなら少し薄着でもいいかな。
私は、亜依を待たせてはいけないと早めに着くようにしたが、途中の道で亜依と会った。
「藍ちゃんの服、かわいいー」
「そお、かな……」
「藍ちゃんは服もかわいいな」
私は照れながらも、そう亜依に言ってもらえると嬉しいな。
図書館に着くまで、胸の中の高鳴りが止まなかった。
図書館の学習室に入り、横に並ぶように座った。
テストの出題範囲を重点的に復習を始めた。けど、なかなか理解できない私のせいで、進みが悪かった。
「ごめんね……。私の出来がよくなくって……」
「ううん。大丈夫だよ、気にしないでね」
亜依は笑顔で言うが、その優しさがプレッシャーになっていた。
「藍ちゃんって、行きたい学校ってあるの?」
「それが全然決めてなくて……」
「わたしは『あいじょ』に行こうと思っているよ」
正式には『愛誉(あいよ)女子高等学校』で、一般的には『あいじょ』と呼ばれている。
県内トップクラスの進学校で、県外からも受けにくる難関で有名な女子高等学校。
特に教育に力を入れているので、校則が厳しいことでも有名。
けど、充実した学校設備で生徒の満足度は高いことでも知られている。
制服もかわいく、清楚なお姉さんたちがいるイメージがある。
有名大学への合格率も高く、その後は各業界で活躍する人も多い。
故に『女子のためのエリート養成学校』とも言われている。
家庭環境の厳しい亜依にしてみれば、自由になれる唯一の道と考えているのかな。
「亜依ちゃんすごい。亜依ちゃんだったら行けるよ!」
「でも、学年二十位以内には入りたい。内申書のこともあるからね」
内申書、由佳も言っていたことだ。それなのに頭の悪い私に付き合ってくれた亜依に申し訳なかった。
「ちょっとだけ休もうよ」
私の思考回路がショートしているのを見兼ねてか、亜依がそう言ってくれた。きっと私の頭から湯気が出ているのかな。
「あ、ありがとう……」
多分こうなるんじゃないかなと、私はカバンにスティック状のチョコレート菓子を入れていた。よかった、溶けてはいなかった。
「亜依ちゃんも食べる?」
「うん……。食べる」
一瞬こちらを見て返事をするが、まだ片付けをしていた。
私がそっと亜依の口元にお菓子を寄せると、食べてくれた。
「おいしー。ありがとう」
嬉しそうに食べる亜依の姿を見て、こっちも楽しくなった。思わず亜依にまた上げると食べてくれるので、亜依がかわいく見えた。
私も食べようと口にくわえると、急に亜依が顔を寄せてきた。
「藍ちゃんの奪っちゃった!」
ちょっとした悪ふざけで、亜依が私が咥えていたお菓子を半分食べられてしまった。
「もう……! 亜依ちゃん!」
仕返しに亜依が咥えていたところを半分食べて奪え返した。
しばらく応酬合戦になってしまったが、勢いが余って唇同士が触れてしまうのではないかとドキドキした。
すると亜依が口に咥えて、こちらに顔を向けて明らかに挑発してきた。私が食べようと亜依に顔を寄せるが、食べられまいと逸らされてしまった。
「亜依ちゃんのイジワル!」
私も同じ事をして仕返ししようと、チョコレート菓子を口に咥えて待ち構える。
すると亜依の右手が、私の左頬に優しく触れてきた。その手は柔らかく温かみのあり、私の心拍数は上昇せざるを得なかった。
まだルージュすらも知らない柔らかい薄ピンク色の小口が、チョコレートの甘みが誘い出した口内から潤いで艶やかに感じた。
更なる甘みを求めて軽く亜依自身の唇を舐めると、私の方へゆっくりと近寄る。その距離は亜依が吐く息の音が聞こえるくらい。亜依の右手によって動きを制限された私は抵抗することはせずに、そっと目を閉じた。
チョコレート菓子が折れた音で目を開けると、満足そうにお菓子を咥えた亜依。亜依も目を開けると、思わずお互い笑ってしまった。
おやつ休憩後も勉強を再開し、十六時くらいに図書館を出ることにした。これくらい余裕があれば、十分なくらい亜依の門限に間に合う。
「ありがとうね。これも亜依ちゃんのおかげかな」
「また、一緒にやろうよ!」
図書館からの帰り道で別れ際に話した。
家路に向かう亜依の後ろ姿を見て、改めて尊敬するようになった。
「亜依ちゃんみたいに勉強を頑張ろう!」
私はちょっとした幸せを感じた。