「女の子が女の子を好きになるのって変なのかな」
亜依のことは好きだけど、これは恋愛感情なのだろうか。そんな思いが頭をよぎると、ベッドに寝転んだまま、天井をぼんやり見つめた。亜依と過ごす時間は楽しくて、大切で、その笑顔を見るだけで幸せになる。
でも、それは友情の延長なのか、それとも違う何かに変わっているのか、よく分からないな。
『ずっと亜依ちゃんのそばにいたい』と強く思う一方で、それがどのような形での『そばにいる』なのかを悩む。恋愛という言葉を頭に浮かべると、心がざわつく。それは未知の感情だった。
翌日、放課後の掃除時間。
教室の隅で亜依が男子生徒たちに怒っている声が聞こえた。亜依は掃除をサボる男子たちに対して叱り、真剣な表情で注意を続けていた。
その後は、生徒会も交えた学級委員の定例会議。学級委員の亜依も大変だなと思った。
私はそれまで、待とうと思った。しばらく校内をうろちょろしたが行く当てがなく、結局は教室に戻ることにした。
教室に入ると、由佳が小説らしき本を読んでいた。他は誰もいなかった。
由佳は私に気付くも、また本の方に視線を戻した。そのまま私は由佳の前の席に座った。
「帰らないの?」由佳は私ではなく本と顔を合わせながら、聞いてきた。
「亜依ちゃん、待っているの」
「じゃあ、似たようなものね」
そうか、由佳も待ち合わせなのね。
小説を読んでいるようだったが、何冊かは机の上に置いてあった。
「この本どうしたの?」
「千佳(ちか)姉が貸してくれた」
「確か、お姉さんって『あいじょ』だよね」
「うん、今は高校二年生」
由佳本人もそうだけど、由佳の姉妹ってすごいよね。難関のあいじょに行けるんだもん。
何気なく積まれた本を眺めていると、男の人のイラストが描かれている表紙本があった。
「別に見ても良いよ」
私が気になっているところを気遣ってか、由佳が声をかけた。由佳の許しが出たので、手に取ってみた。
「お姉さんって、こういうの読むんだね……」
「たまにね。女子校だから、男に飢えているんでしょ」
たまに私に目を合わせてくれるが、ほとんど本と見つめ合っていた。
亜依を待つだけなので、せっかくだからちょっと読んでみることにした。小説の中で二人の男性が出てきたのだが徐々によからぬ展開になり、私は顔が熱くなるのを感じた。
「ゆ、ゆ、由佳……。こ、こ、これって……」
「BL小説」
「びーえる?」
「ボーイズラブ」
由佳にはっきり言われて、余計赤くなった。
「お、男の人ってこんなことするんだね……」
私は驚きつつも、まだ顔が火照っているようでドキドキが止まらなかった。
すると由佳が読んでいる本を閉じて、私の方をじっと見た。
「同性同士でイチャついていいのは、二次元だけです。三次元はキモいです」
いつも素っ気なく話す由佳が、真剣な目で私を凝視してきた。
「そ、そうなの……」由佳の圧力に負けてしまい、それしか言えなかった。
「現実を考えたら分かるでしょ」
由佳の圧が凄すぎて、何も言い返せず飲み込んだ。
「クラスの男子で例えたら分かるよね。馬鹿で幼稚な男子がこんなことしていたら、吐き気がするでしょ」
ちょっと考えようとしてみたが、途中で由佳の言うとおり吐き気がしそうだったので止めた。
「大体に男子って下品でしょ。こんなこと言ったらキモいでしょ」
「確かに!」
「気持ち悪いでしょ」
「そういえば私、こないだ男子にジロジロ見られた。あれも気持ち悪かった……」
「その後、なんかニヤけるだよね。気持ち悪い……」
「あれって、何考えているのかな……」
「気持ち悪いことに決まっているじゃない」
「だよね……。気持ち悪い」
「だから、こういうイケメンしか出てこない、小説のような事は二次元にしか存在しないの」
定例会議が終わって、亜依と一緒に帰った。
「ごめんね。待ったでしょ」
じゃれ合いのつもりで抱きついてきた亜依を思わず振り払ってしまった。
「ご、ごめん……」
「私こそ、ごめんね。び、びっくりしちゃった……」
さっきの由佳の言葉から咄嗟にしてしまった行動に、私は必死に亜依を取り繕った。
女の子同士でイチャつくのは気持ち悪いのかな……。
でも、そんなことないよねと、亜依に抱きつき返した。