「由佳って、どこかとっつきにくいところがあるな……」
自分の部屋のベッドに寝転がりながら、ぼんやりと由佳にもらったチラシを手にして不意に思った。
夏休みも八月に入り、朝の光が窓から差し込んでいる。
夏期講習に向かうため家を出ると、既に暑かった。今日も薄着が正解のように思えたな。
焼けたアスファルトの上を歩きながら、会場に向かった。
学習塾に着くと、入り口に由佳が待っていた。由佳はいつも通り、冷静な表情を浮かべていたが、どこか親しみやすい雰囲気もあった。
「由佳、おはよう……」
私は外の熱にやられて、これから講習があるのに体力を多めに消費してしまった。
「ちびあいちゃん、大丈夫?」
由佳が持っていた団扇であおいでもらい、空調の効いた室内の風で気持ちよかった。
「由佳、いろいろありがとう……。塾のことも」
亜依は夏休みの間、長めに親戚宅に行っているので、しばらく会えない。ひとりで勉強しても良かった。
六月末に由佳がなんでも相談しても良いと言ってくれたので、いろいろ話しているうちに『自主勉強だけじゃ学力アップしないよね』と誘ってくれた。
私は改めて思った。由佳って、顔を見て話さないから冷たそうに見えるのに、意外と面倒見が良くて優しいんだな。
「由佳って、冷たそうなのに意外と面倒見が良くて優しいな」
「……『冷たい』は余計だね」
「ご、ごめんね」
つい口にしてしまった言葉をもみ消そう。私は由佳の機嫌を戻そうと、肩などをマッサージしてあげた。
由佳って、長時間の勉強のせいか、常に見ている携帯のせいか、肩がかなり凝っている。やっぱり首回りかな、強めに揉んであげた。
「ああ……。気持ちいい……」
「由佳、ごめんね……」
「しょうがないね、許してあげるね」
「ありがとう……! サービスしてあげる」
由佳もいろいろ凝っているだろうと、肩以外もマッサージしてあげた。
「ああ、もう! くすぐったいって!」
先日、最初のクラス振り分けテストで、由佳とは当然だけど別のクラスになった。
別の学校の子もいるが、数人は見たことのある同級生もいた。多少なりと会話はしたが、結局は話しやすい由佳をお昼と一緒に食べた。
「ちびあいちゃん、講習はどうだった?」
「わかりやすくて何とかついて行っているかな。ありがとう。本当に助かっている」
由佳は頭も良いし、外見もかわいいし、内面も優しいし、いい子だな。由佳に助けられている部分は多いと思った。
「気にしなくていいのね。だって紹介キャンペーン……なんでもない」
「しょ、紹介キャンペーンって何! 私、聞いてないよ!」
お弁当のご飯を頬張っているところを構わず、由佳の体を揺すった。
やっと飲み込んだところで、由佳が白状した。
「……渡したチラシに書いてあったよね。だから、ちびあいちゃんは普通に入るより安いの!」
確かに、そんなことが書いてあったような気がする。
「も、もしかして、私以外にも誘ったの?」
「声をかけたのは……早智と翔子、あとは彩香に綾乃……。あとは——」
由佳から出てきた名前は、亜依以外のクラスの女子。だから数人、クラスの子もいたのか。早智と翔子は、それぞれいつも行っている塾に行くので断られたらしい。
由佳はずる賢い。もう由佳のことを優しいと思わない。
夕方、講習が終わると、由佳はジュースを奢ってくれた。
「……由佳に填められた」
「騙したわけじゃないし、ちびあいちゃんだって得したでしょ」
私は納得せざるを得なかった。由佳のおかげで、少しでも安く夏期講習に参加できたのだから。
二階のベランダに出て外を眺めならジュースを飲んでいたが、少し涼しい風が入ってきた。
「ちびあいちゃんって、将来の夢ってあるの?」
ふと由佳が聞いてきた。高校を出た後の進路の話。
私は、亜依と一緒にあいじょに行きたい。ただ、それより先のことなんて考えてなかった。
「まだ、特に決めてないかな……。由佳は?」
「特に決めてない。けど、誰かと同じ道は歩きたくないね。自分は自分だもん」
「そっか……」
なんとなく、由佳が言いたいことが少し理解できそうだった。
スカートがふんわりと舞うくらいの風が吹いて、由佳からいい香りが漂ってきた。
由佳って、いい匂いがする。お花のような甘い香りのような……。
「由佳って、シャンプー何使っているの?」
「秘密。絶対に教えない!」
由佳は嬉しそうに笑いながらごまかした。その姿を見て、私は改めて思った。
由佳って、外見も内面も本当にかわいい子だな。