「かわいいお姉さん……」
転んで泣いている私を救ってくれたのは、小学校五年生の女の子。優しく接してくれる年上のお姉さんに思わずそう感じた。
「もう大丈夫だからね」
私をハグしてくれて、とても落ち着いた。それに良い香りがする。
そっと目を閉じた。もうこのままずっと抱きしめてほしい。
そこへ大きなベル音がする。もう、うるさいな……。
目を開けると、朝の陽光が窓から差し込み、ずっと鳴り続ける目覚まし音。
「やばい! 寝坊した!」
いつもよりも三十分も遅く起きてしまった……!
慌てて服を着替え、パンを口にくわえたまま家を飛び出した。
細い道だけど少し近道にはなると、いつもは通らない道を通った。車は当然、自転車もなかなか通らないから、思いっきり走れる。
角を曲がろうとしようとしたが、女子高校生とぶつかってしまった。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!」
私はすぐに起き上がり慌てて謝ると、その女子高校生も軽く頭を下げて謝った。
「いえ、大丈夫。気をつけてくださいね」
この制服、あいじょだ。やっぱり、あいじょの子は落ち着きがあるように思える。
『おしとやかで、きれいな女性……』
その女性を見つめながら、心の中で思った。
駅の方へ向かう女子高校生に目を奪われ、美しい所作につい見とれてしまった。
でも、どっかで会ったことがある。しかも、身近なところで……。
必死に考えたが、なかなか思い出せない。でも、もっと重要なことを忘れているような気がする……。
「……遅刻するからだね」
夏季講習に遅刻し、静寂な教室に入っていったが目立ってしまい恥ずかしい思いをした。
休み時間、由佳に話したが、亜依と違って由佳は素っ気ない。
遅刻したのは悪かったが、ちょっとは由佳に同情してほしかったな。由佳はやっぱり冷たい。
「クッキーあげるから、元気出してね」
「えっ、本当! 由佳、ありがとう……」
タッパーに入ったクッキーをもらい、つい嬉しくなった。
口に運ぶと、サクサクとした食感と、優しい甘さが広がった。
「おいしい……! でも、このクッキーどうしたの?」
「手作り」
「由佳の? すごい……! こんなにおいしいクッキーどう作ったの?」
由佳って勉強漬けの毎日かと思っていたけど、ちゃんと息抜きもするんだな。
「千佳姉に教わって作ったのね」
「いいな……! そういうお姉さんがいて」
千佳を最後に見たのは、私が小学校二年生の時。名前も顔立ちも似ているので由佳にはかわいいお姉さんがいるのは、私たちの小学校では有名な話だった。それは中学校に入ってもだけど。
中学に入って由佳と同じクラスになったが、由佳の家には行ったことがない。千佳さんって、今どれくらい美人になっているのかな……。
「千佳姉は、料理とかお菓子とか得意だからね。いろいろ教えてもらっているね」
「仲良し姉妹でいいな……」
由佳は頭も良いし、外見もかわいいし、内面も優しいし、お姉さんは素敵だし。由佳にコンプレックスなんてないんだろうな。
講習が終わり、二人は学習塾を出ると、涼しい風が心地よかった。
帰る方向も大体一緒なので、由佳と一緒に帰ることにした。
「——冷えたままのバターを使うと風味が残るのね」
「そうなんだ! すごいな」
「お姉ちゃんとよく作るから、覚えてきた」
「いいなー。そういうお姉さんがいて」
そう言われて、由佳は柔やかに笑った。
「一度、由佳の家に行ってみたいな……」
「いいよ。前もって言ってくれたらね」
「本当? じゃあ、今度一緒にお菓子とか作りたいな」
後ろを歩く由佳の方を見て、つい笑顔になった。
すると背中で何かにぶつかり、そのまま倒れてしまった。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!」
見上げてみると、今朝に会った女子高校生だった。
「千佳姉!」由佳が声を上げた。
「由佳じゃない。塾の帰り?」
そうだ、千佳さんだ。あの時は小学生だったから子供っぽさがあったけど、すっかり大人っぽくなっていた。五年ぶりにその姿をみて、改めてその魅力に惹かれた。
「朝もぶつかってしまって……本当にごめんなさい」
「気にしないで、大丈夫だよ」
千佳は優しく微笑んだ。美しく落ち着いた雰囲気を持っていた。彼女の笑顔からは温かさが伝わってきた。
穏やかな風が吹くと、千佳からお花のような甘い香りがする。
『由佳と同じような匂いがする……やっぱり姉妹だな』
優しさ溢れる姉妹、きっと同じシャンプーを使っているのかな。
そんなことを考えながら、少しずつ心が温かくなるのを感じた。