「亜依は、私じゃないんだ……」
その日から、私の心には大きな穴が開いたままだった。
亜依が美佳先輩に抱く感情は、私が想像していた以上に深く、強いものだった。
そのことを知った瞬間、私の中で何かが壊れたような気がした。
私は、ずっと亜依のことが好きだった。
でも、亜依が好きだったのは、私じゃなくて、美佳先輩だったんだ……。
それが事実だと理解しても、心がそれを受け入れられなかった。
何度も、何度も頭の中で亜依の告白を思い返しては、胸が締め付けられるような痛みを感じた。
二学期の中間テストが近づき、亜依とテスト対策で図書館に来た。
でも、私の心はまるで落ち着かない。問題集の文字が頭に入ってこないし、亜依の隣にいると息苦しいような感覚がずっと続いている。
亜依は、至って普通の表情でテスト勉強に集中している。時折、何かの問題を解いては満足そうにノートに書き込んでいた。
『集中しなきゃ……』
自分にそう言い聞かせたけれど、思考は勝手に亜依と美佳先輩のことばかりに向かってしまう。私のことを一番大切に思ってくれるはずだった亜依が、美佳先輩のことを好きだなんて……。それに気づいてからというもの、亜依と一緒にいるたびにその事実が私を苦しめていた。
『亜依が美佳先輩のことを好きだって……』
頭の中で何度も繰り返してみても、どうしても信じたくない現実だった。私は亜依にとって親友で、それ以上の存在にはなれない。
「藍、どうしたの? 今日はなんだか元気がないよ」
亜依が心配そうに私に声をかけてきた。図書館の静けさの中、その声が妙に響いた。
「ううん、なんでもないの」
私は慌てて微笑んでみせたが、心の中はまるで嵐のようだった。
亜依が私を気にかけてくれることは、すごく嬉しかった。けれど、その裏に隠された本当の気持ちを知ってしまった今、その優しささえも苦しかった。
私は、一体どうすればいいんだろう——。
「テスト、近いから頑張らないとね」
そう言いながら、私は無理やり話題を勉強に戻した。
亜依と一緒に過ごす時間が、これ以上苦しくならないように。
——『だからこそ、テストを頑張らなきゃならない』
私は、テストに全力を尽くすことにした。
夜遅くまで勉強し、問題集を何度も繰り返し解いた。亜依と一緒に過ごす時間も、自然とテスト勉強が中心になっていった。
だけど、亜依との距離が縮まったような気がしなかった。その答えは、数学の難しい方程式を解くより、ずっと簡単だった。
「ちびあいちゃんに負けたー!」
「でも、一番頑張っていたからね」
「そ、そうかな……」
64位の早智と62位の翔子に、60位と初めて二人に順位を上回った。謙遜しつつも、順位が一学期の中間テストより上がったことに嬉しかった。
「……あと五点足らない」
全教科満点を取れなかったことに不満げな、今回も学年一位の由佳。
でも、亜依には中間テストの話はしなかった。
どんなに成績が上がっても、亜依の心を引き寄せることはできないことくらい、分かっていたから。
私は心の中で問いかけた。亜依は優しいし、私を大切に思ってくれている。でも、亜依が本当に好きなのは、私じゃなくて、美佳先輩なんだ。私はそれを認めるしかなかった。
『成績がよくなっても、亜依には近づけない……』
その現実が、私の心を重くした。どんなに努力しても、どんなに頑張っても、私は亜依の特別にはなれない。
その日、私はいつものように亜依と一緒に帰ったけれど、心の中はずっとモヤモヤしていた。
私がどれだけ亜依を好きでも、それは報われない恋なんだって、痛いほど分かってしまったから。
それでも、私は亜依の隣にいたい。
たとえ亜依の心が私のものじゃなくても、そばにいられるならそれでいいって、自分に言い聞かせるしかなかった。
でも、本当はそんな気持ちに耐えられるはずがない。
どうすることもできない道を、私はただ歩き続けた。