「私は、由佳を信じるしかない!」
放課後の教室でのあの会話を自室で思い返しながら、心の中で自分に必死に言い聞かせていた。
由佳が提案してくれた『方法』は、私が大好きな亜依のそばにいられる唯一の道かもしれない。
亜依が美佳のことが好きである事実、これを打破するには由佳の力が必要不可欠。
『亜依が諦めれば良いんでしょ』
由佳のその言葉に、ほんの少し希望を見出していた。
もちろん、すべてがうまくいくとは限らない。だけど、何もしないで亜依を美佳に取られるのは、耐えられなかった。
それでも、私は決意を固めた。由佳の策略に乗るしかない。
私は亜依が好きなの。亜依の心を取り戻すために、今やるべきことは一つ。
由佳を信じて、この状況を変えなければならないの。
音楽室から教室に戻る途中の廊下。私は、亜依と一緒に自分たちの教室に戻った。
廊下には、たくさんの生徒たちがいて、いつもと変わらない喧騒が広がっていた。けど、私の心も静かじゃなかった。
隣を歩く亜依は、至って通常通りに振る舞っている。私が心の中で抱えている葛藤なんて、きっと気づいていないな。
その時だった。私たちの視界に美佳が入ってきた。
廊下の向こうから歩いてくる美佳は、生徒会長ではなくなったとはいえ相変わらず堂々としている。
背筋がピンと伸びていて、髪も光をキレイに反射して美しく揺れている。何か特別なオーラをまとっているようだった。
いつも自信に満ちた美佳の姿を見て、亜依の目が輝いたのが分かった。
「あっ……! 美佳先輩!」
亜依は急にテンションが上がり、小さく声を弾ませた。
その瞬間、私は胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
けれど、無理やり微笑みを作って亜依に付き合うことにした。
「本当に美佳先輩って素敵だよ……あの落ち着きと優しさ、どこから来るんだろう。私もいつかあんな風になりたいよ」
亜依は、美佳先輩のことを誇らしげに語り出した。
嬉しそうに話している亜依の横で聞きながら、私は亜依に相槌を打ちながら話に乗っていった。けれど、その内側では、心の中で矛盾した感情が交錯。
「うん、そうだね。本当にすごい人だよね……!」
さらに熱を帯びた亜依は、美佳の良いところをいくつも挙げ始めた。
亜依の話を聞いていると、まるで亜依の心がすでに美佳のものになっているかのように感じられて、私はじわじわとした焦りに駆られた。
「藍も美佳先輩のこと、すごいと思うでしょ?」
「う、うん……。そうだね」
私は言葉を選びながら返事をした。亜依の目は、美佳に対する憧れでいっぱいだった。
その純粋な気持ちを、私はどうにかして壊さなければならないのかと思うと、心の中が痛んだ。
亜依は、ずっと嬉しそうだったな。その笑顔は、私が大好きな亜依の笑顔だった。
でも、その笑顔の裏には、私の知らない美佳への想いが隠されている。
「美佳先輩を少し見られただけでも、今日はもう幸せ……!」
「……よ、良かったね。亜依ちゃん」
私は亜依の話に耳を傾けながらも、心の中では亜依を思う二つの感情同士で衝突が続いていた。
そう。これしか私にできる方法はなかった。だから、由佳の言うとおりにするしかない。
でも——。
『これで本当にいいのかな……』
由佳の策略に従うことで、亜依が美佳を諦めてくれる。
……かもしれない。私は、由佳の策略が不安でしかなかった。
こんなことで、本当に上手くいくのかな……。