「由佳を信じない方が良いのかな……」
学習塾へ向かう途中、夕暮れの冷たい風が頬を撫で、私は深くマフラーに顔を埋めた。
ふわふわのピンクのマフラーは、亜依が褒めてくれたもの。その言葉が頭に浮かぶと、少しだけ気持ちが軽くなる気がした。
それでも、心の中に広がるモヤモヤは消えなかった。
肩に掛けたカバンが、妙に重たく感じられるな。
勉強のために塾へ通っているはずなのに、どちらを信じるべきかという葛藤に支配されていた。
塾の建物が見えてきた頃、私は思わず足を止めた。
「このまま、由佳に聞いてもいいのかな……」
なにかに押しつぶされたかのように、胸が苦しい……。
でも、聞かなければこのモヤモヤした気持ちは晴れない気がした。
塾の中に入ると、由佳は廊下でチョコレートを食べながら携帯を見ていた。
私を見て、由佳はいつもの笑顔を見せた。その瞬間、胸の中の葛藤が少しだけ和らいだ気がする。
けれども、私はこの笑顔の裏に何かが隠されているのではないかと疑ってしまっている自分がいた。
「由佳。……ちょっと聞いてもいいかな?」
意を決して声を掛けると、由佳は視線は変えずに返事はしてくれた。
いつもの通りの対応けど、私の心は落ち着かなかった。
「由佳って、勉強アプリとか使っているの?」
「ああ、これね。使いやすいよ」
由佳は自分の携帯画面を見せてくれた。
『……あれ? 亜依の話と違う』
亜依はスクショだと言い張ったと言っていたが、実際由佳に聞いたらアプリの画面を見せてくれた。
「ちびあいちゃんも使う?」
「……えっ? いいの?」
それどころか、簡単に教えてくれた。
「ちょっと待ってね。今、送るから……」
そういうと由佳からメッセージが届いた。
「ここのリンクをタップしてね、ここをこうして——」
むしろ丁寧にインストールまで教えてくれた。
「——ここは、適当なユーザーネーム入れて」
「そ、そうなの。分かった」
思いもよらない由佳の対応で、私は戸惑った。もっと抵抗するのかと思っていた。
「ここは、さっき送ったメッセージにある紹介コードを入れるのね」
「……あ、ありがとう由佳。……しょ、紹介コード?」
「最後にOKをタップして完了なのね」
「ねえ! 『紹介コード』って何!」
「そこは、気にしなくていいのね」
「気になるって!」
思わず、チョコを頬張る由佳の体を揺すった。また由佳に填められた。
結局、アプリはそのまま使うことにした。
「でも、亜依ちゃんには教えなかったのでしょ?」
「亜依は……聞かれもしなかったのね」
「えっ! そうなの? 亜依ちゃんは『教えてくれなかった』って言っていたの」
「携帯を見ている後ろからコソコソ覗いてくるから、亜依がいなくなるまで見るのやめた。けど、なんにも言ってこなかったね」
「そ、そうなの……」
亜依と由佳の話、全然違う……。
塾の帰り道、私は一人で家路を歩いていた。
冷たい風が吹き付ける中、私の心はさらに冷えていた。
「私は、誰を信じたらいいのか……」
胸の中でつぶやいたその言葉は、誰にも届くことはなかった。
亜依の言葉も、由佳の言葉も、それぞれがそれぞれの正しさを持っているように思えたかな。
でも、それが本当に正しいのかどうか、私には確かめる術が今は思い当たらなかった。
どちらも大切な友達。どちらも私にとって欠かせない存在。
それなのに、その二人の間で揺れ動く私は、どこにも立てる場所がないような気がしていた。
心の中に膨れ上がるその問いは、冷たい夜風とともに、闇の中へと溶けていった。